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TRAILER

予告編(60秒)
予告編(30秒)

INTRODUCTION

第二次世界大戦下のナチス・ドイツ。「最終解決」においてユダヤ人を強制収容所に送り込み抹殺する計画立案者だったアドルフ・アイヒマンは、敗戦の混乱に乗じて戦争捕虜収容所から脱走し、5年後、アルゼンチンへとたどり着いた。1960年にイスラエル秘密諜報機関(モサド)は、アルゼンチンに潜伏中のナチス・ドイツの大物戦犯、アイヒマンを拉致し、イスラエルへと極秘連行。4か月にわたる裁判の末、イスラエル政府はアイヒマンに61年12月に死刑判決を下し、翌年5月31日から6月1日の真夜中《イスラエル国家が死刑を行使する唯一の時間》の“6月0日”に絞首刑に処した。遺体は火葬され、遺灰はイスラエル海域外に撒かれたことが知られている。
アイヒマンの逮捕劇や裁判は『オペレーション・フィナーレ』(18)、『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』(16)、『スペシャリスト/自覚なき殺戮者』(99)など多くの作品が伝えてきた。しかし、どの作品でも触れない点がある。実は、人口の9割がユダヤ教徒とイスラム教徒を占めるイスラエルでは律法により火葬が禁止されており、火葬設備が存在しないのだ。では、誰が、どうやってアイヒマンの遺体を火葬したのか? 遺体処理の極秘プロジェクトに巻き込まれたワケあり町工場の人々、居場所のないリビア系移民の少年、アイヒマンを監視する護衛、ホロコーストの生存者で裁判ではアイヒマンを尋問した捜査官と、イスラエルの片隅に生きる人々を通して、アイヒマンの最期の6ヶ月の“真相”をあなたは目撃する!

STORY

1961年。4か月に及んだナチス・ドイツの戦争犯罪人、アドルフ・アイヒマンの裁判に、死刑の判決が下された。リビアから一家でイスラエルに移民してきたダヴィッド(ノアム・オヴァディア)は、授業を中断してラジオに聞き入る先生と同級生たちを不思議そうに見つめていた。
放課後、ダヴィッドは父に連れられて町はずれの鉄工所へ向かう。ゼブコ社長(ツァヒ・グラッド)が炉の掃除ができる少年を探していたのだ。ヘブライ語が苦手な父のためにと熱心に働くダヴィッドだったが、こともあろうか社長室の飾り棚にあった金の懐中時計を盗んでしまう。それはゼブコがイスラエル独立闘争で手に入れた曰く付きの戦利品だった。
居心地の悪い学校を抜け出し、ダヴィッドは鉄工所に入り浸るようになる。左腕に囚人番号の刺青が残る板金工のヤネク(アミ・スモラチク)や技術者のエズラ、鶏型のキャンディがトレードマークのココリコなど、気さくな工員たちはダヴィドをかわいがってくれる。ゼブコも、支払いのもめ事を解決してくれたダヴィッドに一目置くようになる。そんな時、ゼブコの戦友で刑務官のハイム(ヨアブ・レビ)が設計図片手に、極秘プロジェクトを持ち込んできた。設計図はアウシュビッツで使われたトプフ商会の小型焼却炉。燃やすのはアイヒマン。工員たちに動揺が広がる——。

STAFF

監督・共同脚本
ジェイク・パルトロウ
1975年、カリフォルニア州ロサンゼルス生まれ。フィクション映画『マッド・ガンズ』、『恋愛上手になるために』では監督を、ドキュメンタリー映画『デ・パルマ』ではノア・バームバックと共同監督を務めた。人気テレビドラマ『ボードウォーク・エンパイア4 欲望の街』、『ホルト・アンド・キャッチ・ファイア 制御不能な夢と野心』なども手がけている。また、ニューヨーク・タイムズ・マガジンの委託により製作したショートフィルム『The First Ones(原題)』は、エミー賞にノミネートされた。
主な監督作品
『6月0日 アイヒマンが処刑された日』(2022)、『デ・パルマ』(2015)、『マッド・ガンズ』(2014)、『恋愛上手になるために』(2007)
共同脚本
トム・ショヴァル
1981年、イスラエルのペタ・ティクバ生まれ。エルサレムのサム・スピーゲル映画学校で学ぶ。監督・脚本家としてテレビドラマや長編映画を手がけており、2013年に『若さ』がエルサレム国際映画祭で最優秀作品賞を受賞。ベルリン国際映画祭、カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭、デンマークの国際映画祭CPH:PIXなど、多くの映画祭で上映されている。
主な監督作品
『Shake Your Cares Away(原題)』(2021)、『若さ』(2013)

CAST

COMMENT

(五十音順・敬称略)
死刑制度のないイスラエルにおいて超法規的に行われたアイヒマン処刑後の措置の問題を映画の中心に捉えたことは極めて実験的だ。『ハンナ・アーレント』『スペシャリスト 自覚なき殺戮者』『アイヒマンを追え!』といった映画も実験的な試みの映画であったが、これまでの作品以上に衝撃的だと思う。
臼杵陽
日本女子大学教授
なぜ、人は記憶を語ろうとするのか(あるいは、語ろうとしないのか)?
なぜ、人はその語りに耳を傾けるのか(あるいは、耳を閉ざすのか)?
木村草太
憲法学者
辛い記憶は忘れたほうがいいと思っていた。かつての戦争の敵を「消す」ために奔走する人々。でも、煙となっても記憶は残る。忘れないことは生きてきたことの肯定であり、私たちを支えているのだ。
今日マチ子
漫画家
大量虐殺に関わったひとりの人間を、処刑し遺体を火葬するために奔走するイスラエルの人々もまたひとりひとりの人間なのだというあたりまえに、目を見ひらかされる。「歴史的」な瞬間のまわりには、ときにスラップスティックのようでさえある複雑な現実が、存在しているのかもしれない。
小林エリカ
作家・マンガ家
アイヒマン裁判に関与した周辺人物に注目することで、驚くほど錯綜した歴史と真実の関係が明らかになる。イスラエルとユダヤ人の多様性をもっと掘り下げて考えたい。
渋谷哲也
日本大学文理学部教授/ドイツ映画研究
巨悪の政治家ではなく、有能な官僚だった殺人鬼アイヒマン。それゆえにホロコーストの厄介な落し子となった彼の不気味な影を描くこの映画は、イスラエルだけではなく、戦後世界全体が抱える問題をあぶり出す――私たちもアイヒマンではないのか?
高橋秀寿
歴史社会学者
アイヒマンの処刑はあれだけのユダヤ人を殺害したのだから当然と言える。 それにしてもヒットラーのナチスが何故ここまで圧倒的な支持を得る事になったのか。 世論の作られ方の怖さをつくづく感じる。
田原総一朗
ジャーナリスト
本作の真の主人公は「イスラエル」自体なのかも。様々な社会的不公正を活用しながら歴史的裁判を「公正に」終わらせるべしという重圧の凄さ。その前提でこの群像劇を再読(そう、読むのだ)すると、視え方が変わる。
マライ・メントライン
翻訳・通訳・エッセイスト

REVIEW

ユダヤ人の体験を心に刻むことの大切さ
~「6月0日 アイヒマンが処刑された日」を観て~
在独ジャーナリスト
熊谷 徹
「6月0日 アイヒマンが処刑された日」は、「悪」について考えさせる映画だ。観る者の心に、イスラエルそしてパレスチナの歴史について、様々な思いを去来させる。映画の中心は、約600万人のユダヤ人虐殺に関与したアイヒマン本人というよりも、イスラエルで囚われの身となったこの犯罪者と関わった、あるいは彼の姿を垣間見たイスラエル人たちだ。
イスラエルの諜報機関モサドはアルゼンチンに潜伏していたアイヒマンを誘拐し、エルサレムの法廷で裁判にかけた。多くのイスラエル人が、肉親をナチスによって殺されていた。したがってアイヒマンがその罪を命によって償わされることは、最初から明白だった。
だが当時イスラエルは、「復讐」という印象を世界に与えないように、アイヒマンが弁護人を付けることや、第一審の判決後上告することも許した。当時イスラエルは、法律に基づいた、刑事訴追というイメージを作ろうとした。
本作品は、その陰でアイヒマンに接した刑務所の看守や、彼の遺体を焼く焼却炉を設計、製造した町工場の労働者たち、さらに学校の教師や生徒たちが、アイヒマンに対して抱いた感情のひだを丁寧に描いている。アイヒマンの独房で、髪を切る理髪師のエピソードは、特にスリリングだ。看守たちにとっても、アイヒマンを監視することが精神的重荷になっていたことが浮き彫りにされる。
ホロコーストを実行に移した歯車の一つだったアイヒマンに有罪判決を下し、死刑に処しても、イスラエル人たちは「勝利」の感情を抱けなかった。
ホロコーストを生き残ったが、ナチスによる拷問で重い心の傷を負ったイスラエル人が、アイヒマンの犯罪を立証するチームに加わる。映画の中で、彼がポーランドの虐待の現場で語る言葉は、アイヒマン裁判でナチスの残虐行為について自分の体験を証言した、生存者たちの言葉を象徴する。彼は、ホロコーストを経験していない人々の無知識や無関心に苦しみ、悩みながらも、自分の被害体験を語り継ぐことを任務と考える。
私はこれまでイスラエルを11回、ポーランドのアウシュビッツ強制収容所跡を4回、ワルシャワ・ゲットー跡を5回訪れた。腕にナチスによる収容者番号の刺青と、拷問の傷痕が残る、生存者をインタビューした。我々は、聞くことがつらくても、彼らの証言を傾心に刻まなくてはならない。
特に2022年のロシアのウクライナ侵攻によって、市民に対する軍事攻撃、残虐行為が現実化している今日、ユダヤ人たちの経験は、「歴史教科書の中だけの出来事」として片付けることができない、現代的な問題に直結していると思う。